心を壊す連鎖を止めるには
こんばんは、紺野うみです!
さて、私はこれまでさまざまな場所で、本当にいろいろな人に出会って、コミュニケーションや人の心について考える機会をいただいてきたと感じています。
そして、今の世の中、人間がいかに「自分の心をごまかして自分をないがしろに扱ってしまうか」はもちろん、「いとも簡単に人の気持ちを踏みにじってしまう人が多いか」も、嫌というほど見てきました。
特に、本来であれば人をまとめ、導いていくべき強い立場や人の上に立っている人が、弱い立場や自分より下の人の心を平気で壊してしまうというような光景を目の当たりにすることも多く……。
それには驚きや怒り、落胆を隠せませんでした。
そんな目に遭って、打ちのめされてしまったり、途方に暮れて苦しんでいる人を何とかしたくて、声をかけてみることもありました。
私自身もそんな苦しみを知っている分、それらから目を背けて何もしないでいるのは、自分の心を裏切っていることにもなって、嫌だったんです。
それに、「そっちがそうやって壊すつもりなら、こっちは助けるからな! 見てろよ!」と、生意気な怒り混じりの負けん気が熱を帯びたりしたものでした(笑)
そんな風に、人の心を踏みにじっている人の様子を見てしまうと、どうしても「この人は本当にひどいな」とか「本当に腹が立って許せない!」とか、そういった怒りの感情を抱いてしまう瞬間もしょっちゅうです。
でも最近、そういう行動を取ってしまう人に対して、「どうしてこうなってしまったんだろう……」という素朴な疑問とともに、なんとなく哀しいような切ないような、そんな想いが湧いてくるようになったんですよね……。
そんな行動ばかりしているので、結果的に人からうとまれていたり、嫌がられていたりするのですが、本人はそのことから目を背けているのです。
それで、ふと思ったんです。
そういう風に、人を傷つけたり心を踏みにじったりしてしまう人は、それぞれに今までの人生の中で、なにか自分も人からひどい扱いを受けていたり、心に傷を負ってしまっているからなんだろうな……と。
心のバランスを取るために、自分を強く大きく見せなければならなかったり、人を踏みにじることで自分を保っているようなところが、あるのではないか……と。
本当の意味での愛情や友情を知らず、人を思いやるよりもまず、自分の心を守らないといけなかったのでしょう。
人を大切にする気持ちにについて、鈍感にならざるをえなかったに違いないのです。
これは、その人だけが悪いのではなくて、どこかから引きずってきてしまっている、負の連鎖なんだろうと。
そんなことを想いました。
自分の感情を自分でコントロールできない。
誰にも心を許せず、本音も弱音も吐き出せない。
本当に味方になってくれる人がいない。
だからますます、心を閉ざして頑なになってしまう。
そうやって、結果的に、自分自身を追い込んでいるのをひしひしと感じます。
これは、あまりにも切ないことです……。
どうして人間は、明るく・楽しく・素直に生きられなくなってしまうのでしょうね。
現代は、こういう心の問題による負の連鎖が、特に顕著になってきていると思います。
「周りに悪影響を出しまくっている人」が、実は本質的に抱えている「心の傷や闇」の部分。
そこにスポットライトを当てていくことは、本当に難しいことなんです。
なにしろ、本人もその連鎖に気づいていないのですから、そこから抜け出せずに悪循環は止まりません。
もしもその人が、自分で自分の心に鍵をかけてしまっていて、心の中の闇を「見ないふり」していたとしたら……。
誰かが「その人のため」を思って発した言葉も、歪んで受け止め拒絶してしまうのです。
その心の檻は、最終的には「自分自身」で鍵を外し、解放してあげる必要があるのだと思います。
だから、私もこうやって「心のこと」を伝えながら、誰もが自分のことや人のことをもっと大切にできるようにと、書くことで「きっかけ」を作っていく必要があるのだと思い始めています。
つまり、私は心底、「人が人の心を壊してしまう」負の連鎖を断ち切りたいのです。
『罪を憎んで人を憎まず』という言葉通り、本当の愛情を知らない人こそ、切なくて可哀想でなりません。
傍から見ていても、横暴さの裏側に隠された、そのどうしようもないさみしさに気付いてしまうと、「どうにかしたいのに……」ともどかしさが募ります。
そして、人の言動にいちいち怒っているうちは、まだまだ未熟なんだろうなと自分のことも反省している今日この頃……。
私がこれからも、世の中に伝えていくべきことは何なのか?
なぜ、書いていくのか?
しっかりと、意識していこうと思います。
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文は武に勝る
こんばんは、紺野うみです!
最近、本当にありがたいことに、新しい場所にもお仕事が広がってきています。
そうすると、当然私の書いた文章が、今までは目に触れることの無かった方々にまで、さまざまな形で届いていくことになります。
それを考えた時、私はよりいっそう自分の「書くことに込める想い」はもちろん、「その文章がもたらす影響力」というものを、しっかりと意識していかなくてはと思うのです。
そこで、いつも結構気にしていることは、自分の文章を読んで「嫌な気持ちになる人」や「傷つく人」ができる限り出ないように、というところ。
「誰にでも受け入れられる文章」を書くのはなかなか難しいものですが、誰から見ても「嫌な気持ちにならないような文章」を書くのは、書き手の心と想像力次第かなと。
「ビビりだなぁ、なんでそんなに気にするの?」「自由に好きなように書けばいいじゃん」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)
確かに、ビビりかも。
……だって、自分が生業にしている分野で、人の心を傷つけたりしたくないじゃないですか。
自分が他の人と比べて、なにか少しでも得意なことや好きなこと、夢中なことがあるのだとしたら、それはぜひ「人」や「世の中」のためにも使っていきたいし、そうあるべきだと考えています。
皆が自分の「ちょっと得意」や「かなり好き」を見つけて、社会のためにそれを活かせれば、たぶんもっともっと明るくて元気な世界になると思うんですけどね。
……話を戻しましょう。
「気をつけないと、自分の書いたもので人のことを傷つけてしまう場合があるかもしれないぞ」と危惧しているのには、「言葉」や「文章」が人の心にもたらす力に、ひとえに計り知れないものがあると感じているからなんです。
「文は武に勝る」
皆さんは、……この言葉を知っていますか?
これは元々「ペンは剣よりも強し」という言葉から来ていて、「いかなる武力を持った抵抗勢力であっても、統治者の令状(逮捕状など)一枚でつぶしてしまえるだけの権力の方が強いんだぞ!」という意味だったそうです(笑)
しかし、今はこれが一般的には「言論の力は、武力よりも大きい力を持っている」という意味として使われています。
つまり、言葉や文章の力は、武力よりも強い! ということですね。
なぜなら、武力では人の心(精神・想い)までは変えられませんが、言葉の力は、人の心を動かせるからです。
ということはつまり、言葉や文章で人を傷つけたり怒らせたりすることも、実はとても簡単だ……ということでもありますよね。
しかも、意図する、しないにかかわらず。
ですから、少なくともそれで人からお金をいただきながら、人のために書いていくようになったら……。
プロとしては、「自分の紡いだ言葉の力の方向性」をどうしても気にしておくべきだなと思います。
そうでありたい、という願望でもありますね(笑)
それでも、日々伝えたいことや伝えるべきだなと思うことは、たくさんあります。
物書きたるもの、人の心をハッとさせるくらいの力は、文章に込めなくてはいけません。
ですからそのためにも、「表現する力」は、これからもどんどん磨いていきたいです。
言葉の力は、無限ですからね!
私はこれに関して、とにかく終わりのない学びが続くだろうな……と思っています。
これからも頑張ります♪
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自分のことしか考えないと……
こんばんは、紺野うみです!
いつの間にか「自分さえよければ」という人が、増えてきつつある世の中。
ここのところ、それを実感させられています。
そういった方には、共通して「自分の生き方」に対する「誇り」といったものが、あまり無いようだなと……私はそのことに、寂しさを感じます。
「思いやり」「気遣い」などといったような、日本人の目に見えない精神文化というのは、後世に残していくのが本当に難しいものだと思わずにはいられません。
それらはもはや、学校で習うようなものでもなく、口に出してあえて伝えられるものでもなく。
人の生き様や、立派な先人の背中を見る中で、その血の中に脈々と受け継がれていくものだと思うからです。
人の心を慮る。
人の痛みを想像する。
人のために骨を折る。
人に気を遣う。
人をたてる。
人に譲る。
これは、自分の利益や損得とは、別次元の場所にあるべきものです。
「自分さえよければ……」の意識を抜きにして行動している人は、結果的に周りの人の方から、本当の意味での信頼や信用を得ている……というだけのことなのです。
人を思いやれる人は、自分の行動についての見返りなんて、はなから気にしていないでしょうね。
そんなことは、期待していても意味がありません。
むしろ、人のために動ける自分でいられるということが、何よりのしあわせだからです。
いろんな方のいろんな姿を見ながら、人のことも同じく大切にできる、そんな人間でありたいなと、最近の私は強く思っています。
自分自身の「生き方」に「誇り」を。
それだけは、無くしちゃいけないものですね。
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必ず拓ける道がある
こんばんは、紺野うみです!
今日はひな祭り。
私も大人になってからは、雛人形を出さなくなってしまいましたが(笑)
最近の子どもたち(女の子)はどうなんだろう?
時代とともに、減ってきてしまっているのは想像がつきますが、こうやって文化がじわじわと消えていきつつあるのは、やっぱりさみしいものですね。
さて。
この週末は、またちょっと旅に出ておりまして……。
まぁお察しの通り、神社がらみの旅ですが(笑)
最近は、日常で「汚れたものや理不尽なものを見せられる」→「心が波立つ」→「振り回されてはいけないなと自分を立て直す」→「振り出しに戻る★」、といった流れが多くてですね(苦笑)
改めて、ゆっくりいろいろ手放して考えたりとか、やるべきことを見つめてみたりとか、とにかく「離れてみよう」というのがテーマの旅でした!
相変わらず、神社や自然(今回は滝メインでした。笑)に癒されて、洗われて帰ってきましたよ♪
それで、改めて感じた結論というのを、ここで書き残そうと思います。
よく人間は、嫌な人や嫌な場所に出会いその環境に身を置くようになると、自分の心を殺してでも「我慢する」か、その環境から「離れよう」「抜け出そう」と考えますよね。
私自身、これまでも「嫌なもの」には、さまざまなところで遭遇してきましたから、よく分かります。
でも、後でよくよく考えてみると、どれもその時の自分には「貴重」で「必要」な経験だったな……と思うわけです。
ただし、ここからが重要なところで……。
その「学び」には、必ず節目とともに「卒業」とも言うべき終わりが来ていました。
つまり、その環境から「離れてよいタイミング」「離れるべきタイミング」というものです。
さまざまな場所での、つらい経験や嫌だなと思うようなことによる「学び」。
これは、正直誰にでも、どこにでも何かしらあるものだと思っています。
それぞれの人に必要だからこそ、与えられている経験なのかもしれません。
問題は、自分の気持ちがそれを「どう捉える」か?
私もこれまで、場所や環境に自らの思い込みで「縛られる」ことの怖さや、「安定・安寧」から抜け出せない心理を実感してきました。
でも、思い切って外に出てみると、案外それは「できてしまうもの」で、「自分自身の心で選んでよいものなんだ!」という驚きがあったんですよね!
ある意味で「自由」になったというか……。
正直、人間は自らの覚悟をもってすれば、どこででもそれなりに生きていけると思うようになったんです。
ということは、本質的問題は……。
嫌な人や嫌な場所に出会ってその環境に身を置く時に、どこからどこまでを「学び」と捉えて受け止め、どこからが「卒業すべきタイミング」なのかを捉えることなんだろうなと。
嫌なものから「離れる」のは、実際は人が頭で思うよりも難しいことではありません。
しかし、すべての「嫌なもの」から即座に逃げていたのでは、人は強く優しくなれません。
ある程度まではしっかりと「経験」として享受してみると、不思議なことにある時、然るべきタイミングで「卒業」を促されることがあるんです。
これは、私の実体験(笑)
でも、そのタイミングを頑なに無視して突っ走って、自らを疲弊させたり腐らせてしまう人は、今の時代を生きる人にはとても多い気がしています。
そして追い詰められた人は、場合によっては、疲れ果てて絶望し「生きること」から離脱してしまうわけです。
その世界を「自分のすべて」だと、ここを出たら「上手くいかないに違いない」と、そんな風に思い込んでしまうんですよね。
でも、そんな人にもどこかで届けばいいなと思いつつ、私は今こういうことを書いています。
人はいつだって、自分の意志で行動し、時には居場所を変えてもいいんです。
そして、自分にとって「嫌なもの」は、貴重な「学び」である可能性が高いです。
「学び」には、必ず「卒業」があります。
それは、一度冷静になって、人の助言だとか自分の心の声を聞いてみると、必ず気づくことができるもの。
「卒業」のタイミングを、自分の「頭」だけで考えた狭い了見で逃さないようにだけ、気をつけてください。
「もう、十分学んだな」
「もう、ここで得るものはないだろうな」
そう思ったら、動くタイミングかもしれません。
それでも流れ的に動くことができなかったり、動く先が見つけられなかったら、まだそこになにか「得るもの」が残されているのかも。
そういうものをできるだけ正確に感じ取れるように、自分の心や感性は、いつだって自由にしておきたいものです。
大丈夫。
誰の人生の道も、あなた自身の「思い込み」を取り去れば、必ず拓けていきますよ!
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自然で尊いこと
こんばんは、紺野うみです!
今日で2月も終わりますね。
早いものでした(笑)
何だかんだで、昨年の10月からスタートした心理学のサイト含め、現状3箇所のサイトにて一日一記事で書き続けていくことができています。
(たまに時間がずれ込みますが……笑)
当初は、いくら好きだと言っても、果たして「毎日頑張れるのかな?」と思ったものです。
しかしありがたいことに、今の私は体力的にも精神的にも非常にバランスよく余裕をもって過ごせているなという実感があり、決して無理なことなんかではありませんでした。
やはりこうして考えてみると、私にとって「書く」ということは、自然で無理のない、本心で「やりたい」と思えることなのだと、理屈としても捉えられる気がします。
どんなに執筆が夜遅くになっても、疲れている時でも、「やだなー、書かなきゃだめだ」とならないので。笑
「よーし、今日は何を書こうかな?」
「今一番伝えたいことはなんだろう?」
そんな風に、考えながら日常の一記事に向き合っています!
いろいろと「書く」ことを通じて発散したり、整理したりということを、私の心が欲しているのかもしれませんね。
(皆さんにお付き合いいただいてしまい、恐縮です!笑)
ここでは、私、紺野うみの日常のささやかな話題を自由に。
はじめたばかりの「巫女ライター日記」も、たくさんの皆様に見ていただけて本当に嬉しいです。
心理学の方も、私自身の体験談がまとまりつつあり、これからも地道に発展させていけたらと思っています。
こんなに、書く場所を生み出してしまいましたが、すべて大事にしていこうと思います。
もう、育成ゲームのような感覚かもしれません(笑)
私が、私としてできることを楽しみながらやっていき、結果それが世のため、人のためにもなれば、これに勝る喜びはありません。
2月を終え、いよいよ3月、春も近いです!
これからも元気に頑張りますね♪
よろしくお願いいたします!
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脱皮するから大きくなれる
こんばんは、紺野うみです!
この世のつくづく「よくできているな」と思うところは、「学び」の仕組み。
……だと勝手に思ってます(笑)
世の中が善人ばかりだったり、気の合う人、優しい人しかいなかったら、私たちはこの世で学べることが半分以下になっちゃうんじゃないかと。
辛い思いや苦しい経験がなければ、恐らく本当の意味で人の痛みを理解するのは難しいことでしょう。
だってそんなことは、仮にお金を出したり時間を対価に進んだとしても得られる経験ではありませんから、触れなければいつまでも「知らない世界」になってしまうのですから。
そう考えると、やはりどんなことも、経験こそが宝だと思うわけです。
これは、人間が唯一、人から決して奪われない「財産」です。
自分がこれまで歩んできた道のりの中で、思い出したくないくらい苦しかったこと、辛い経験はそれぞれの方にあることだと思います。
ただ、それを「得難い経験」や「貴重な財産」だと捉えるためには、相当な精神力が必要ですよね。
でも、すべての経験をそこまでの価値あるものに昇華できれば、そこからが人間の「強さと優しさ」に変わるのです。
どんなことがあっても、「そこからどう生きるか」。
そして人生を「最後まで走りきれる」か。
それが、すべての人に問われています。
だからこそ、嫌なことや辛いことがあったら、いかにしてそれを乗り越えていけるかを考えたいところ。
そのために、気の合う人や優しい人がいて、そういった人との出会いで勇気や知恵をいただきながら、私たちは前に進めるんだろうなぁと思います。
自分にとって厳しい環境や人がくれた試練を、自分を信じて助けてくれる人の力を借りて乗り越える。
その繰り返し。
どんな時もそれを忘れなければ、みんな「脱皮」を繰り返し、「生きててよかった!」と実感する日が来ることでしょう!
今日も元気で健やかに★
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強い人が知っていること
こんばんは、紺野うみです!
数日前のことになってしまいますが、小平奈緒選手の金メダル、本当に素晴らしかったですね!
羽生選手もそうですけど、今回特に金メダルを獲得したこのお二人は、金を取るべくして取ったと……私は強く感じています。
小平選手のインタビューで彼女が話していた言葉を聞いて、「あぁ、まさに強い人にはその強さを裏付けるだけの理由があるんだな」と思いました。
それが、小平選手のこの言葉です。
「金メダルをもらうのは名誉なことですが、どういう人生を生きていくかが大事になると思う。」
本当にこれは……この言葉を言えるのは、本物ですよね。
「強さ」というのは、絶対に技術だけじゃないんです。
むしろハートがあるからこその、「強さ」。
目的が「金メダルを取ること」で終わっていないわけです。
それを目指す過程によって。
そして、その結果を得たことによって、自分の人生をどんな風にしていくか。
それこそが、生きることの課題なのだと。
それが一番大切なのだということを、普通に言えるのが心底カッコいいと痺れました。
そして、これはすべての人の人生においても言えることです。
一日一日を生きる中で、人間はさまざまなことに一喜一憂します。
目の前のことしか見えなくなってしまう瞬間も、たくさんあります。
でも、一つひとつの出来事を受け止めて、そのうえで「自分がどう生きていくか」。
それが、私たちが一番考えるべきことであり、行動するべきことの基本なのだろうと思うわけです。
金メダルを取ることをゴールにしない。
つまり、たとえば「お金を稼ぐこと」や「出世すること」をゴールにしない。
それが大切なのだと思います。
だって、お金や肩書きは、あの世へ持っていけないわけですから。
でも、自分の生き方は人の心に残るし、たぶん来世を生きる自分の魂にも、「生き様」が刻まれていくはず。
「お金を稼いだら、それをどうやって人のため、そして世の中のために活かすか?」
「出世したら、どんな人間になって、誰の役に立てるか?」
そんな風に、もっと、自分の人生や生き方を輝かせることへとつなげていくことが理想です。
誰にだって、人生の金メダルがあります。
そこをゴールにするのではなく、それを鼻にかけることもなく、ただ誇れる自分として生き抜く。
本当に強い人には、それなりの理由があるということ……。
考えさせられ、日々感動をいただいている、平昌オリンピックです。
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不思議な流れ
こんばんは、紺野うみです!
最近は、まさに三寒四温という陽気ですね。
寒さと暖かさの間を行ったり来たりで、春が近いなぁと感じます。
さて、「怖いくらいに当たりまくる」のでたぶん個人的にとても相性がよいコンテンツなのだろうなと思って、コンスタントにチェックしているのが石井ゆかりさんの占い。
「2018年は新たな世界を学んでゆく年です」とのことなので「果たして何だろう?」とワクワクしてました!笑
そして2月半ばにして早くも、今朝ふと気づいたんです(笑)
なんか、気がついてみたらいろいろ新しいことが始まっている……!
そして、自分で意識したわけでもないのに、なんとなく統一感がある!
そう。
最近の私、とにかく「和文化」にご縁がありまして!
それも、なぜか自然と引き寄せられるかのようにさまざまな出会いやご縁繋ぎがあり、いつの間に!? って感じなんです、ホント(笑)
かねてより古武術や和太鼓の趣味はありつつ、神社好きになってからは巫女に広がり、さらに今年は三味線やら日舞、着物の世界にまで……。
この広がり方が、ちょっと神がかってていっそ怖いくらいなんですよね(笑)
今のうちに勉強しときなさい、みたいな不思議な流れを感じていて。
どの世界も楽しくて、魅力的で、面白いです!
ただ、本当に時間が貴重。
いろいろと自分で手順や優先順位を定めながら、慎重に進んでます。
でも、絶対に「柔軟」でありたいなと。
「気になる」とか「面白そう」というものは、とりあえず何かのきっかけになるかもしれないので、皆さんもさわりの部分だけでもチェックしてみることをおすすめしたいです!
「こうでなきゃいけない」を手放して、これからの自分の人生にとって大切なことの「サイン」を確実にキャッチできるように★
まだまだ、2018年は始まったばかり!
すべてが未来の自分への布石なので、大事にいこうと思います♪
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心をなるべく汚さない
こんばんは、紺野うみです!
突然ですが……最近の私の周り、いろいろスゴいんです(笑)
とにかくね、まさに「いろんなものをギュッと濃縮して見せられている」という感じなんですよね。
ドラマチックなことは間違いない!笑
「えぇー、そんなことあり得るの!?」とか、最近毎日、そんなことばかり起きてます。
それで、いろんな意味(まぁ主に悪い意味)でハチャメチャな人や状況を間近に見る羽目になってるんですけど、もちろん私自身も感情や想いが波立つワケですよね。
それで、私は今まず、自分はいろいろ練習させられてるのかなぁと思ったりしているんです。
自分の心を強く保つためにね……。
ある場所において、明らかに「人としてそれは違うでしょ」というような行為がなされているとするじゃないですか。
そうすると、その環境に居合わせた場合は、「自分の心では決して容認しない」という強い意志が大切になります。
「あなたはそれをするのかもしれませんけど、私は絶対やりませんよ!」ってね。
毎回それに反発して、面と向かって戦う必要もないでしょう。
戦うことは自分も消耗しますし、「果たしてそこまでする価値があるか?」という話にもなる(笑)
だからどんなことでも、よっぽど、守るべき人や絶対侵せないところを踏みにじられない限りは、黙しているのも一手。
それでも困ることがあって……、どうしたって、自分の内側の感情は荒れるってこと。
つまり、心の中に「怒り」「軽蔑」「落胆」のような、マイナス面の感情が居座ってしまいやすいんです。
たとえ、「自分は流されず悪いものに染まらないようにしよう!」と固く誓っていても、すでにそれに触れているだけで、心を疲れさせているという気もしています。
私が今一番怖いのは、その環境にいることで自分の心も荒ませてしまう、っていうことなんですよね。
人間、きれいなものしか見ないというのは不可能ですけれど、ずっと汚いものばかりにさらされていると、どうしたって見えない部分がすり減っていくものだと思うんです。
どうにかして、「負の感情」を脱ぎ捨てたいと思いながら、やっぱりそれをするには全然違う自分の「好き」に触れるしかないなと実感。
合間を見つけては、「神社」の清らかな場所に助けを求めている私なのでした!
(結局そのオチかい!笑)
それにしても、「人を呪わば穴二つ」とは、昔の人はこうも的確な言葉をよく作ったなぁと感心するばかり。
「あいつ許せない! 呪ってやるー」という想いに突き動かされて行動している時、人は自分もその感情に縛られ、溺れているんでしょうね。
……結局、自分は最初なんにも悪くなくて、心もきれいだったはずなのに。
「恨み」にとりつかれると、その感情に心を支配されちゃうわけです。
それが、自分の分の穴まで掘ってる最中、ってこと。
だからこそ、きれいでいるための努力は欠かせない。
それにはやっぱり、好きなこと・楽しいこと・嬉しい想いに心を浸して、人生にワクワクするのが一番だと思う!
私の場合はその一つに神社があるので、いろんな意味で「浄化」していただいている意識があります。
本当にありがたい……。
ともあれ、この経験も何かしら意味がある学びに違いないとは思う!笑
これからも、自分の心には嘘をつかず、しっかり前見て進みます☆
強さの理由
おはようございます、紺野うみです!
更新が遅くなってしまい、すみません(笑)
それにしても、世の中生きていると、基本的にどんなに幸せな状況にいても、それでもやっぱりいろいろな出来事はあるものです。
そんな時は、どうやってその気持ちを受け止めて、また前に進むかってところですよね。
そこに、人間の本当の真価が問われてくるのかなと思います!
今日あたりは、平昌五輪で注目の羽生結弦選手の特集番組が、やはり多いですね。
私も、彼をみているといろいろと思います。
まずは、心の強さですね!
魂のレベルからして、高いと思う。笑
ものの見方の次元が、ちょっと別格です。
こういう方を見ていると、年齢って本当にまったく関係ないんだなと分かるので……。
このくらいのハートを持った人が世の中に増えたらなぁと、どうしても、ちょっと思ってしまう(笑)
彼の話しぶりや振る舞いなどから、おごることなく誇り高く生きているのがありありと!
私も見習っていかなくては!笑
さて、彼のなにがすごいって、やっぱり「乗り越え方」が半端ない。
怪我をして氷上の練習ができなかった時期も、彼はその時間すら「無駄じゃない、意味のあること」と話していました。
世の中の「すべてのものごと」に意味があるというのを、まさに本質で理解しているからこその、「強さ」なんですね。
そして、彼は絶対に「自分を裏切らない」し、「自分に嘘をつかない」だろうなと。
だからこそ、どんな時も胸を張って、周りに左右されずに進めるわけですね!
私も頭では分かりつつ、まだまだ周りの状況に気持ちが動いてしまう未熟なレベル。
毎日、いろんな学びがあるわけですし、すべてを楽しむくらいの気持ちで、イキイキと生きていかなくては、と思った朝でした★