私の中に誰がいる?

自分を強くしてくれる、ちょっと不思議な心理学!『自己人格分析』研究のまとめブログ★

★ブログのご案内★

 

 

 

はじめまして、紺野うみと申します。

2016年6月から、自らの経験と学習を基軸に自己分析」について、情報発信のブログを始めました。

分野で言えば「心理学」の一種になるのですが、人が自分らしく、かつ前向きに生きていくためには何が必要かを、難しくなりすぎないように気をつけながら、独自の世界観で書いていこうと思っています。

 

私は現時点で、心理学に関してはまったくの素人です。

その分野に漠然とした興味はありながらも、きちんと学問として学んだことはありません。

にも関わらず、偉そうに心理学ーー主に「自己分析」の分野について、情報発信を目的としたブログを始めようと思い至ったのは、自らの経験をもとに、多くの気づきがあったからなのです。

私の気づきのきっかけとなったのは、「自我状態療法」という心理アセスメント(客観的に自己心理を見つめる作業)なのですが、面白くて独自に掘り下げ続けた結果、完全に自己流である意味「奇抜?」な内容になっています。

きちんとした裏付けもなにもない内容ではありますが、私がこの自己分析を使って非常に楽に、楽しく日々を過ごすことができているので、この場で少しずつご紹介できればと思っています。

そして、是非多くの方に試していただき、わずかでもその方のより良い人生の助けになれば、これほど幸せなことはありません。

 

また、よろしければ未熟な私へ、どんどんご意見ご感想をいただければ嬉しいです。

【 連絡先はこちら → 6door.konnoumi@gmail.com 】

自己分析にとどまらず、自分の心のことでお悩みのことがあれば、お声をください。

私にできる範囲のお答えにはなりますが、お悩みに関してなにかお手伝いできることがあれば、ブログを通じて精一杯させていただきます。

 

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【ブログの読み方】

このブログは、基本的に、第01回から順を追ってお読みいただくことをお勧めしています。

それは、まず手始めに私、紺野の経験を大まかな時系列でご紹介しているからです。

心理学とはまったく無縁だった私が、いかにして自分の心について考え、分析するようになったか…。

そして、やがて至った大切な持論を、皆様にも共有できればと思い書き進めています。

下記に大まかな内容をご紹介しますので、興味のある方はぜひ、第01回から読み進めてみてください。

 

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【まえがき】

人は誰でも、いくつかの顔を持っています。

「顔」というのはつまり、「キャラクター(個性)」のこと。

誰にでも、少なからず実感はあるのではないでしょうか?

たとえば家族の前の自分と、友だちといる時の自分、教師や上司と相対した時の自分…。

人によって程度の違いはあれど、すべて同じ立ち居振舞いをすることはないでしょう。

当たり前のことのようですが、その時あなたは確実に、「キャラクターを使い分けて」いますよね。

一人の人間の中にいくつもの「キャラクター」がいて、私たちはいつも無意識のうちに、環境や目の前の相手、置かれた状況に合わせて「キャラクター」を巧みにコントロールしているのです。

ですがそれは、あくまでも無意識のうちに行われていることが多いもの。

そのため普段から、自らのその変化に明確な意識を向けることは少ないことでしょう。

しかし、本当に自分の心を客観的に見つめたいのだとしたら、その「使い分け」の部分にこそ、大きなヒントが隠されているのです!

 

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私の中に、どんな人がいるんだろう?

まずは、その問いかけから始めてください。

この自己分析のスタート地点は、そこなのです。

自分の中のいくつかの要素を、客観的に捉えるために。

自分の心の動きの特性を「ひとつのキャラクター」として抽出し、人格のあるひとりの人間としてイメージしてみる、というのはどうでしょう。

大胆でバカバカしい話かもしれませんが、自分の心の中に住んでいる「住人」がいると捉えるのです!

「住人」が何人いようと、結局すべて自分自身の中にある要素なのですから、どれも大切にしていかなくてはなりません。

その存在をきちんと自覚し、受け入れることが必要になります。

手始めに、少しずつの気づきで構いませんので、自分の心の中の住人について、イメージしてみましょう!

 

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→ それでは、ちょっと不思議な心理学の世界。

  どうぞよろしくお願い致します!

 

紺野 うみ

 

 

★ホームページリリースのお知らせ★

 

 

こんにちは!

いつもいろいろとお世話になり、ありがとうございます☆


実はこの度、私の心理学ブログ「私の中に誰がいる?」を、イラストつきのホームページとしてまとめ、10月1日よりリリースさせていただきました。


まだまだ読みづらい箇所や足りていない部分があり、少しずつコンテンツの充実を図っていきます。


時々覗いていただき、ぜひ思い思いに楽しんでいただければ嬉しいです。


なにかお気づきの点などございましたら、お気軽にお寄せいただければと存じます。


今後とも、紺野うみ をよろしくお願い申し上げます☺

 

https://www.6door-konnoumi.com/

 

なお、こちらのブログも、よい頃合いで閉鎖させていただく予定です。

 

さらに内容や楽しさをパワーアップさせていきますので、これからも楽しみにしていてください♪

 

 

コラム01 物語になった心理学

 

皆さんこんにちは、紺野です。

本編は第23回を越えたところですが、あっという間でもありましたし、本当はもっとたくさん書けたはずなのに……という反省もあります。

そして、私もさすがに、書いていくうちに思いました!

「まずい、一記事一記事がどんどん長くなってしまうんですが (;゚д゚)」……と。笑

おかげで、その長文を推敲してある程度納得のいく状態にし、皆さんにお見せするまでだいぶ時間をいただいてしまってます。

ブログなのに!

月一の更新って何なんや!

……というわけで、ちょこちょこ覗いてくださってる方のお楽しみを増やしたいので、今年からはコラム的にちょっとした記事も上げられるよう頑張ります★

このコラムシリーズは、いつもよりかは短めにする(つもりな)のと、あとは歴史の教科書風(笑)な重要部分を太字やカラーにしたりする編集を、ある程度省かせていただきますね。笑

それではさっそく一回目です!

(前置きだけで長くなってるのは絶対に気のせい)

 

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【物語になった心理学】

 

私が自我状態療法に出会い、それを応用したこのような自己分析法を考えるようになってから、早くも二年近く経ちます。

素人目ではありますが、自分なりに地道に世界を広げて、理屈や考え方を固めてきました。

その中で、これまで世の中に、同じような考え方を提唱している方がいないものかという素朴な疑問は常に抱いていました。

現代は便利な物に溢れているし、効率化重視の目まぐるしい世の中じゃないですか。
様々な情報もそこらじゅうに飛び交っているわけですから、逆にまだこのような自分の内面を客観的に捉える方法というものがあまり浸透していないのが意外でした。
ですが、物語の世界では「あ。これは近い…近いぞ!」という作品もこれまでに幾つか見つけていたので、それらのご紹介と勝手な考察をちょこっとだけします!
 
今回はわりと近年映画が公開されたばかりの、2作品をピックアップします。
 
 
 
言わずもがな有名な、あのディズニー映画のひとつです。
ディズニー×ピクサーですね。
ディズニー映画となれば、観た方も多いでしょうか?
誰しも頭の中に感情を司る人たちがいて、主人公の少女の頭の中で、彼らが彼女の為にわいわい頑張るお話です。(雑)
※ネタバレにならない範囲で書きます。
 
頭の中にいるキャラクターというのは、この物語の世界では「ヨロコビ」「カナシミ」「ムカムカ」「ビビリ」「イカリ」など、感情ごとに切り分けられていました。
感情によって思考や行動がコントロールされるという観点から、ストーリーが描かれています。
 
この映画を観た時、既に私自身は自分の住人を把握していましたから、頭の中のキャラクターが登場した時、瞬間的に思いました。
「感情ごとに切り分けちゃうと、さすがに不公平すぎないかな……」と。
ヨロコビは良いですよね、いつでも明るく前向きに、主人公を励ましながら頑張るキャラクターですから。
でも、カナシミは?
カナシミは存在している限りずっと、カナシミばかり背負っていなくちゃいけないのでしょうか?
イカリは怒りたい時にしか活躍の場がなく、ムカムカはずっとムカムカ、ビビリはビクビクしている役目になってしまう?
私は自分の中の要素を「住人」という一人格として切り分けているので、できればそれぞれの住人なりに幸せな状態を目指してあげたいという想いがあります。
なので、そこは私の中では一番引っ掛かった部分でした。
 
さらに考えると、人間の行動は、必ずしも感情だけに左右されるものではありません。
時に理論的な思考で動いてもいるものですから、中に一人くらいは頭でっかちで分析的なキャラクターがいてもおかしくはないのです。
自分の中の「心理」や「行動原理」の要素を切り分けて考えるという点では私も同じ考えなのですが、切り分け方に違いがあるなぁと感じました。
 
とはいえ、心理学の分野を物語として切り取ることの難しさは、よーく分かります。
その壮大なテーマの中で、自分の「感情」に向き合うことも確かに大切にするべきもののひとつなので、この映画は恐らくそこに強くスポットを当てたものなのだと思います。
子どもたちも観るわけですから、できるだけシンプルでありながらも観た人が何かしら、心の中のことについて考えてくれたら…という願いが込められているのだろうなと。
……とにもかくにも、あの夢と魔法と冒険のディズニー映画がまさか心理学をテーマにする日が来るなんて、と感慨深かったです!
 
 
 
これは漫画が原作の邦画だったのですが、なかなか面白い世界観で個人的には共感できる部分が多かったです。
主人公の女性の脳内で、個性の強いキャラクターたちがやっぱり「脳内会議」をしているという設定です。
※以下、ちょっとネタバレになってしまうかもしれません。
 
彼女の中で脳内会議をしているキャラクターは、「吉田=理性」「石橋=ポジティブ」「池田=ネガティブ」「ハトコ=衝動」「岸=記憶」そして「謎の女=欲望?」です。
「理性」が議長となって会議が行われ、その動きにそって主人公の言動が左右されていきます。
(個人的に脳内のシーンが、キャラクターの個性と絶妙な会話のテンポ感とがかけ合わさって、楽しくて好きでした)
この物語では自分の要素の切り取り方が、比較的「人格」という感覚に近い「特性・個性」のようなものでしたので、なるほど…そう切り分けたのか、と勉強になりました。
(「記憶」のポジションはちょっと微妙でしたが…)
主人公は、好きな人ができて晴れて恋人になり、その人に愛されたいがため自分を抑え込み、相手に都合の良いように合わせていくようになってしまいます。
仕事と恋愛と、それぞれが目まぐるしく動き、思うように素直な自分を出せずにいるうちに、いつしか彼女は自分自身のことを好きになれなくなってしまうのでした。
この映画、ラブコメなので大きなテーマは恋愛なのですが、人間が幸せに生きる上で絶対に外せないことを見事に言葉にしてくれていたんです!
「自分を好きでいないと幸せになんかなれない」
「大切なのは、誰を好きかじゃない。誰と一緒にいる自分が好きかだ!」
私自身もまさに、住人を通しての気づきの中で学んできたことだったので、「そうそう、そうなんだよ。よく言ってくれた…!」と偉そうに思いました。笑
自分自身を愛せないかぎり心から「幸せ」にはなれないし、まして本質的に人を愛することはできないものだよ、ということを明確に表現してくれていましたからね…。
物語の締め方も、恋愛映画の定石通りというわけでもなく、清々しくて良い終わり方だったなと思います。
あとは、実際観てみてください。笑
 
 
インサイド・ヘッド」も「脳内ポイズンベリー」も、あくまでも脳内のキャラクターの動きは、本人の自覚のないところのものとして描かれてます。
それもまた良しですし、個人的に私がいつか書けたらと思っているのは「住人を認知して自覚的にコントロールする」という主人公の話なので、まだまだ掘り下げていかなきゃなと思っているところなのです。笑
そう言えば、ふと思ったのですが…。
どちらの作品も、場所的に言えば「頭・脳」なのですね。
私の感覚的には、「心」って感じだなぁと思ってます。
頭の中でっていうよりも、これまでの人生を生きる間に心の中で育ってきたもの、っていうイメージだからでしょうか。
 
なんにせよ、心の中のことなので、どれが正解でどれが間違い……なんてことはないんです。
受け止めた人たちが、それぞれ自分にぴったりな考え方や捉え方を採用して、それを自分の力にすることさえできれば。
私も自分自身のぶれない感覚を育てながらも、様々な人の価値観や考え方に触れて、これからも学んでいきたいですね!
 
 
 
▲ Rin / Hiro
 
 

第23回 住人を成長させるということ③

 

 

 

2017年、あけましておめでとうございます。

本年も、ブログ共々よろしくお願いいたします♪

つたない部分も多くありますが、伝えたい気持ちを大切に一生懸命書いていきたいと思います!

 

 

前回のあらすじ。

 

生きていたら、失敗することなんて日常茶飯事!

でもその時に、してしまったことに対して「後悔」するんじゃなくて、「反省」のできる人間でいたいよね。

そのためには、自分のことは最終的には自分で結論を出さなきゃダメ!

(でないと、失敗を人のせいにしたくなっちゃうもの…)

でも、自分のことを客観的に捉えて結論を出すのって、結構難しい。

そんな時のひとつの方法として、住人を使った「会議」で自分の中の幾つもの本音を見つけてみよう!

これは心理学における「外在化」という、ひとつの問題解決のための手段なの。

それじゃあ「外在化」って、具体的にはどんなこと?

教えて、ヒロさーん!笑(by リンさん)

 

 

「おい聞いたか、前回の! ここのだらだら喋ってるやつが “会議” なんて言われてたぞ。笑」

「そうですよ。だからあなたにも、もっと意味のあることを喋っていただかないと?(*-`ω-)」

「い、意味のあること?(;゚д゚)…カンガエタコトモネェ」

………シーン…

「(*´艸`*)クスクス」

「委員長…。不憫だからあんまり遊ばないでやって(;・∀・)笑」

「はぁい。すみません、冗談ですよ。むしろあなたには特に、思うまま発言してもらわないとダメなんです」

「思うまま……って、いいのかよ」

「もちろん、それを外に表現するかは、私が決めますよ? だけど、心の中は自由です。自分に対しては、絶対に素直な気持ちを隠しちゃダメなんです。それがひとつの立派な “意見” になるんですから

「きゃー、委員長えらいっ! 成長したねぇ……ヾ(-`ω´-。)グリグリ」

「わぁぁ、やめっ…やめてくださいー ( ;>д<)グシャグシャ」

「ハハハ、でも私も嬉しいです。全員がのびのびと、自分なりの得意分野やできることを通して、挑戦をしながら成長していく。それが出来るのは、お互いを大事にできるようになったからですからね。まもるくんのことにしろ、まだまだ課題はありますけど……このまま協力していければ、大丈夫ですよ」

「うわ、ヒロさんに言われた時の安心感がすごい。笑」

「同感です (`・ω・´)ノ」

「じゃあ、私たちはもちろん外側に対して役割を果たすこともあるけれど、中ではワイワイしてればいいのね!」

「まぁ、そんな感じですね。笑

「でもでも、ちゃんと流れが結論に向かうようには、努力しないといけませんよ? できるだけ“会議”になるように(;^△^)」

「おう! 意見言うだけならまかせとけ!(*`∀´*)」

「い、言うだけ?(……不安)」

「あ、いや、委員長、きっと大丈夫ですよ。彼も成長しましたからね。笑」

「ありがとうヒロさん……(いつもフォローすみません)。じゃあ、“外在化”について、今回もよろしくお願いします(*´人`*)」

 

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自分に関する選択。

それは、たとえ思い悩んだとしても、最終的にはきちんと自分自身で結論を出すことが重要です。

それは、自分のことはきちんと自分自身で責任を取る、ということでもありますね。

(人からの意見をすべてはねのけて聞く耳を持たないこととは意味が違いますから、変に意固地にはならないよう気をつけることも大切ですが。笑)

とにかく、ひとつひとつの選択は感情勢いに任せてしまわずに、できるだけ自分の中で納得いくまで練ってから出すようにしたいものです。

そのためには、2段階のステップが必要になります。

①自分の心の中にどんな「意見」があるのか、冷静に知ること。

②その意見の中からなにを「選択」し行動するか、自分なりの最善策をさらに冷静に考える。

その2つのステップを意識的にこなす手段のひとつとして、住人同士の「会議」がなかなか面白く、かつ分かりやすいと私は思うのです。

自分の中に内在する様々な意見を「住人」を通じて、できる限り客観的に落とし込むことができてしまうという優れものです。

そのような作業を、専門的な言葉に置き換えると「外在化」と言うのですが……。

その「外在化」について、今回はしっかりと掘り下げてみましょう。

(ちょっと長くなります、すみません。笑)

 

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① 外在化ってどんな意味?

外在化とは、「問題や課題」を当事者のに置くことです。

自分のことを客観的に捉えるための、いくつかの手段、とも言えます。

例えば、シンプルでスタンダードな方法としては、悩みや想いを「紙に書き出してみること」でしょうか。

文字にして紙に書き出すという作業が、「課題そのもの」を「悩み」の中から取り出して、客観的に見つめるためのひとつの手段になってくれます。

このように、問題解決のために、その「問題点」だけを自分と切り離して、冷静に向き合っていくための方法が「外在化」なのです。

 

② 外在化がなぜ必要なの? 

自分自身のことで悩み苦しむ人の多くは、自分の信念価値観、また周囲からの外圧などにより、問題を自分自身とイコールで結びつけてしまっています。

つまり、問題点によって発生したマイナスな経験を繋ぎ合わせ、それらの理由を「駄目な自分」が原因だと語ることがほとんどなのです。

ですが、それは問題と自分自身が一体になってしまっているので、その事について思考するだけで常に苦しみを伴うことになります。

そうなると、マイナスの感情や自虐的な思いで、問題そのものを解決するための冷静な判断から遠ざかってしまうわけですね。

あくまでも、自分そのものが「駄目な存在」なのではなく、自分の中のどの部分が「容認せず改善すべき要素」なのかに着目しなくてはなりません。

自己否定は自分から、発揮できるはずの潜在能力気力そのものまで奪い取ってしまう、一番するべきでない考え方です。

自ら課してしまった枷のせいで、思うように問題を対処できなくなってしまいますからね。

だからこそ、自身と問題を別のものとして分けて考える必要があり、問題そのものを「」に在るものとして捉える「外在化」が不可欠になるのです。

 

③ 外在化の具体例

外在化について少し調べてみると、よく見かける例があります。

妖怪ウォッチ」がブームになり、有名になったテーマソングの一節にもありました。

♪ 妖怪のせいだよね、そうだよね ♪ 

……まさにこれです。

自分の中にある問題を、一旦「妖怪のせい」らしいぞ! とイメージにして、外に引っ張り出してしまうんですね。

一見「責任転嫁」っぽくも取られてしまうかもしれませんが、あくまでも問題解決を目的にしていれば、これは本人にとっても周囲から見ても、前向きなアプローチだと言えます。

例えば「片付けのできない子ども」に対して、親はどのように「改善が必要だ」ということ伝えれば良いでしょうか?

どうしても片付けをしようとしない子どもに、「だらしないなぁ、何やってるの! 片付けられないなんてダメじゃない!」と叱ったとしましょう。

その言葉を受けて、子どもが「そんなこともできないなんて、お前はなんて駄目な人間なんだ」と自分自身を否定されているように感じたとしたら……。

それは既に本人の中で、問題点と自分自身が一体になってしまっているのです。

上のような言い方だと、自我の芽生えた子どもには「反発心」まで生まれてしまいかねませんから、より解決から遠ざかってしまう場合もあり得ます。

では、こんなのはどうでしょうか?

「●●ちゃんのお腹の中に、片づけをさせたくない『ごちゃごちゃ虫』が住んでるみたいだねぇ……。このままだと部屋がごっちゃごちゃになっちゃうから、どうにかしてやっつけないとね!」

こう言われた瞬間に、何が起きるでしょうか。

今まで「片づけない子ども vs 片づけさせたい親」だったものが、「片づけられない子ども & 片づけさせたい親 vs ごちゃごちゃ虫」になるわけです。笑

子どもは味方である親と一緒に、どうすれば「ごちゃごちゃ虫」なるものを自分の中から追い出せるか? を考え始めます。

それは普通目を逸らしてしまいたくなるような自分の悪い部分を、一旦「××のせいなんだ!」とすることでその解決そのものに考えをシフトできるという仕組みですね。

このように、本人にとってはもちろん、周囲のサポートをする人間からしても、「外在化」は感情的にぶつかってしまいそうな心を静めてくれる効果まで期待できる画期的なアプローチ法なんです。

もし自分が誰かの問題解決を手助けする側だったとしても、外在化を使えばその当人を責めたり追い詰めて萎縮させてしまうことがありません。

本人も周囲の人間も一緒になって、共に問題解決への手段を探していけるんですね。

このように、子育てにだって「外在化」は有効活用できてしまうのです!

 

④住人を使って外在化すると?

……というわけで。

私が提案している「住人」という捉え方も、まさに「外在化」のひとつになります。

自己分析自体にも使えますし、自分の抱える問題解決にも独特な目線からのアプローチが可能です。

「住人」という考え方を上手く使って【自分の中に住んでいる、●●という住人が抱えている▲▲な部分を改善するにはどうすれば良いだろうか?】……そう考え始めることができれば、それは既にひとつの外在化になっているわけですね。

外在化によって「自分=問題」という図式から、「外部にある問題(住人の性質)と、それを抱えていることによって苦しんでいる自分」という見方へとシフトすることになります。

そうすることで、問題点をはっきりさせて解決方法を模索していくことができますし、例えば「会議」を通じて他の住人とも協力して問題に取り組むことができるようになれば、自分ひとりで孤独に闘っているような気持ちが不思議と無くなったりします。

自分の中に、損得勘定なく自分を応援してくれる、心強い味方ができるような感覚です。

 

会議」といっても、実際に会話しているところをリアルタイムでイメージするというのは、少しハードルが高いかもしれません。

それなら、自分の住人を把握した後で、それぞれの住人を思い浮かべながら「●●なら、どんな意見を言うだろうか」と想像して、それぞれの意見を書き出してみるのもひとつの手ですね!

 

外在化に様々な手法があるということは、もちろんそれぞれの方法に向き不向きがある、ということでもあるでしょう。

もしこの「住人」を通しての外在化が難しい場合でも、「自分自身」と「解決すべき問題」は分けて考えるべきなのだという「外在化」の基本だけは、忘れないでください。

これを押さえておくだけでも、幾分か自分に関わる物事を、冷静に考えることができますよ。

 

⑤外在化ができない時は…?

それでは、外在化の手段として「会議」を使おうとした場合、それが上手くできない状況というのは、どのような場合でしょうか。

 

●住人の存在の把握ができていない

必ずしも、最初から全員の把握ができていなくても良いのですが、「会議」というくらいですから最低でも数人はメンバーが欲しいですね。

幾つかの意見をキャッチできなければ、選択の余地が無くなってしまうからです。

 

●住人同士の間で、お互いを信頼できていない

住人同士の間で不健全な力関係が発生してしまっているなどして、意見どころか存在すらも良しとされていない住人がいたとしたら、その住人の価値観や視点は無いも同然です。

本当は必要だからこそ生まれてきたはずなのに、その役割すら担えずに封じ込まれてしまう…。

まさに宝(住人)の持ち腐れ。

なんて勿体ないことでしょうか!

お互いがお互いの役割について熟知して、認めあっていなければなりませんから、まずは住人同士の信頼関係を構築したいところです。

 

そのためには、個々の住人の役割をはっきりさせておくべきです。

それがはっきりしていれば、住人たちはお互いに「●●は××の時に頑張ってくれている、必要な存在なのだ」と自然にその役割ごと尊重し合うようになってくれます。

役割を見つける時のキーポイントは、これです。

「それぞれの住人が生き生きしている瞬間はいつなのか?」

……それを分析しながら、意識的に活躍の場を与えてみましょう!

そう、それが次にご紹介する「成長」にまつわるステップになります。

 

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→ 次回、「意識的切り替え」。

  お疲れさまです、さすがに「会議」と「外在化」回は長すぎましたか?笑

  次は、より効果的に住人に出番を与えて、責任感と同時に成長を促すプロセスのご紹介です!

 

 

▲ Iincho / Hiro

 

 

 

 

第22回 住人を成長させるということ②

 

 

 

 

前回のあらすじ。

 

心の中の「把握」が、ある程度できてきたら……次のステップは「成長」!

成長のために、必要な要素のひとつ目は「多様性」。

違う意見が自分の中に複数あるのは、むしろ良いことだからご安心。

その多様性を、どうやっていけば住人の成長に繋げていけるかな?(by リンさん)

 

「しっかし、そう考えると見事にキャラがバラバラだな、俺たちは ( ・ _ ・ )9゙」

「んー、どんな人間の住人も、誰しもある程度バラバラになるはずなんですよね、これまでの理屈からすると」

「あそっか! そもそもが今まで対応できていなかったことへの適応のために、新しい住人が誕生するんだったもんね。似たような人格は生まれようがないわけか!(e・O・e)」

「そうですね、すでに存在している住人でなんとかなるなら、新しく作り出す理由にならないですからね。なにかしら補い助け合うために、私たちは一人ずつ、生まれたんですよ (*´ω`*)」

「まぁでも、いろんなタイプがいるからこそ、最近はTPOで一番向いてる奴が勝手に出てってる感じだから、やり易いな」

「“家”であり“器”の紺野が、切り替えに対しても自覚的になってるしね! 今は誰かなーって。あとは頭の中でこんな風に私たちがやかましく会話してるのもイメージできてるから強い気がする」

「やかましく、っていうのはほどほどにしましょうね(;^△^) ……でも、まぁそうですね。たしか今回のテーマはそこですよね、ヒロさん」

「あ、はい。今回はこれまでのような住人個別の観察から少し進んで、住人同士のコミュニケーションの話をしましょう」

「ふふ、どうやって成長に繋げるのかしらねっ(*^m^*)」

「知ってるくせに……笑」

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

前回、成長のポイントとして手始めに「多様性」を挙げました。

意見はいくつあっても良いのです。

なぜなら、その「多様性」こそが、自らの可能性を広げてくれるからです。

様々な価値観があるからこそ、選択肢が増え、それが成長のきっかけになる…という話でした。

そして、これに関しては誤解の無いよう、くれぐれも気をつけていただきたいことがあります。

それは、心の中の住人が「多様な状態」であることと、「バラバラな状態」であることは、まったく意味が違うということです。

「多様さ」は、選択肢の広がりです。

プラスの働きですね。

それに対して「バラバラであること」は、存在するものすべての思惑がちぐはぐで上手くいかない、マイナスの働きです。

違う意見同士が、足を引っ張りあってしまうようなもの……。

ですから、ひょっとすると「多様=様々な様子」というよりも「多彩=色とりどりで美しい様子・にぎやかな様子」の方が、言葉の持つ意味合いとしては相応しいかもしれません。

 

さて。

私の考える、「住人」という概念のありかたについて、もう一度整理しておきましょう。

まず大前提として、一人の人間の心というものが、ひとつだと思ってしまうのは実に安易です。

人間の心の中というのはたいてい非常に複雑なもので、様々な価値観や考え方・感情が並行して存在している世界です。

もちろん矛盾した想いだって、しょっちゅう生まれています。

そして、その価値観や考え方・感情には、その持ち主がいます。

一人の中に何人も、各々の価値観を持った人格が存在する……。

それを、自分という「」に住む「住人」としましょう、というのがここで私が提案している考え方ですね。

住人というのは、一人の人間の中にいる、ひとつの家族であり、チームなんです。

あ、そうですね……年齢も性別も多種多様ですから、まぁイメージとしては「シェアハウス」のようなものでしょうか?笑

そして、いつもお伝えしているように、彼らの中に自分にとっての「」はいません。

全員が必ず、その「」となる人間の「味方」となってくれる心強い存在です。

だからこそ、たとえ「住人同士の意見」に違いがあったとしても、それはそれぞれの住人なりに必死に導き出した答えなのです。

だからこそ、住人同士は持っている見解が違ったとしても、必ずお互いに尊重し、思いやり助け合える関係性でなくてはなりません。

最終的な目標は、どの住人にとっても「自分たちの家である人間の幸せ」という共通のものだからです。

ゴール地点は同じなんですね。

だから、そこへ向かうまでの道筋は、全員で相談しながら進んで行くのが一番良い方法です。

誰かひとりが苦しみや悲しみを背負っていたり、我慢し続けなければならなかったり、出てこられないよう抑え込まれてしまう状況は健全とは言えません。

 

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そこで、再び本筋に話を戻します。

成長のプロセスに不可欠なものとして、二つ目に挙げたいのが「会議」という概念です。

私の例を追いながら、ブログを読み進めてくださっている方なら、ある程度分かりますよね?笑

いつしか恒例になり、毎回の記事の冒頭でやっている、住人たちのやり取りです。(まったく「会議」っぽくはありませんが…笑)

ふざけた茶番に思えるかもしれませんが、私自身はあんなようなやり取りを、ふとした瞬間に心の中に思い浮かべています。

それがあるからこそ、その時々に自分の中に生まれた感情や考えを冷静に観察し、選択肢を選ぶことができているのだと確信しています。

あれは、住人同士のコミュニケーションが破綻しているとできないものです。

私も、住人を意識したばかりの頃は、彼らが一緒に過ごしているところを見ることなどありませんでした。

それがいつしか、二人でのやり取りが生まれ、時に数人で過ごしていたりするのも意識できるようになりました。

そして、第20回にお伝えしたあの瞬間に、ヒロさんのお陰で六人全員が集うところまで来たのです。

ここまで来れば「会議」をするのに、ある程度差し支えのない状態が整ったと言えるでしょう。

 

そこで改めて……相手を深く知り、お互いを大切な存在だと知りおいた大前提の上で、彼らに「意見交換」をしてもらいましょう。

それがまさしく「会議」になるのです。

……では、分かりやすいように私の中で実際にあった「会議」の一部始終を、ひとつの例として挙げてみましょう。

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「あー、最近どうにも書く時間が取れないね。仕事に割いてる時間が多すぎる…(ー ー;)」

「なんとかして、オッサンに書かせてあげないとだめだろ? バランス崩れんじゃん」

「だよねぇ」

「ダカラちゃんのためにも、外にも出ないとですよね。自然に触れてエネルギー補給しないと

「それも分かるー」

「すいません、私もひとつ良いですか? あの…まもるくんのために、のんびり思考したり、無心になれる瞬間も欲しいなと」

「うぅ……分かるよぉ、分かってるんだよ~(> <)」

「そもそも、もううだうだしないで自分の気持ちに正直に生きるって決めただろ? オレたち」

「そうだよー、その通りだよ! だけどどうやって時間作る? 時期によっては、皆で遅くまで残って頑張らないと回らなかったりするもん。いつもいつも、やりたいことあるので定時で失礼します~なんてお気楽に言えないでしょ? 助けてもらうことのが多いのに、勝手できないよ(>へ<)」

「あぁ…、それは私の方針の影響でもあるでしょうね。皆でさっさと帰れるなら万々歳なんですけど。組織に身を置かせていただいている以上は、ある程度負うべき役割がありますから」

「じゃあどーすんだよ!(;゚д゚)」

「手っ取り早く時間を作るなら、やっぱり人に迷惑をかけないよう働き方を変えてみるとか?」

「働き方を変えるかどうかは時期を見ないとね! 何事もタイミングって大事でしょ? あとは休みの日の使い方を工夫しないとね! 今はそれくらいしか分からないなぁ…。うーん、ぐるぐるしてきた (ー ー ;)」

「まぁ、程よく息抜きを大切にしながら、体調のサインだけには敏感になっておきましょうか。休まなきゃいけない時には、ちゃんとそのお知らせが体に出るなということは分かってきましたからね。時間が取れない現状を『ストレス』にしてしまわないように皆で調整していきましょう

「休みの日はみんなの好きなこと、ちょっとずつ回してやってけばいいんじゃね?笑」

「あら、珍しく良いこと言いますね!(e・O・e)」

「お前はいつも一言多いんだよ!(`□´o)」

「ふふふ…みんなありがとよ…。でもホント、お仕事も大事だけど、ヒロさんに書いてもらってるコレも、紺野の大事な役割だもんね! この内容を書くっていうのは、紺野にしかできないことだし。あたしもがんばろ!」

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これは私が、現在の仕事とやりたいことのバランスについて考えていた時の、住人ディベートです。笑

悩んだ時は適当に心の中で「会議」をさせてみるのですが、こんな具合に完全に結論が出ないことだってしょっちゅうあります。

ですが、自分の中にある、もどかしさや思い悩む理由などの、多角的な想いを整理することはできます。

悩みのすべてが、必ずしもすぐに解決するものだとは限りません。

むしろすぐ解消できるくらいなら、そこまで深く悩んではいないはずですからね。

この「会議」というステップの一番の目的は「感情や思考の整理整頓」だと考えてください。

そして、それを解決するには何が必要なのかも、住人たちの「会議」を通じて「客観的に」考えることができるわけですね。

 

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悩んでいること、迷っていることがあるのであれば、そのことについて好きにディベートしてもらいましょう。笑

その中で意識できていなかった本心であったり、複雑にからまりあってしまっていた感情を、解きほぐすことができます。

すると、自分が取るべき行動の答えが導き出されるのです。

そしてもちろん、その結論には自分が納得して導き出した答えであるという自覚がありますから、どんな結果になっても「自分が考え抜いて出した結論なんだから」と思えることでしょう。

そうすると「後悔」ではなく「反省」のできる人間になれますよね。

良いことも悪いことも、すべての出来事を得難い大切な経験として、自分の血肉にすることできます。

自分の心の中をいかに客観的に捉えられるかどうか。

ここが、自己理解の最も大事なポイントです。

そのような作業を、専門的な言葉に置き換えると「外在化」と言うのですが……。

ここからさらに広げ始めると、さすがに長くなりすぎてしまいますね。笑

次回に、この「外在化」について、もう少しだけしっかりと掘り下げてみたいと思います!

 

 

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→ 次回、「会議」と「外在化」。

  言葉は硬いですが、できる限り難しくならないように、ヒロさんが頑張ります!笑

 

 

▲ Iincho / Hiro

 

 

 

 

第21回 住人を成長させるということ①

 

 

 

 

前回のあらすじ。

 

ちょっぴり恥ずかしいけど、大切な紺野の住人の思い出話。

はじめて同じ場所に、6人の住人が揃ったよ。

ヒロさんまもるくんに伝えてくれた感謝は、紺野をはじめ住人全員の想い。

まもるくんの心の扉が、少しずつ開いていく予感がしました!

(by リンさん)

 

 

「うーん、やっぱりヒロさんはすごいね。大人だね」

「伝えるべきことをきちんと言葉にできるというのは、本当にすごいことだと思うんですよね。私のせいで、言葉を呑み込んでばかりいる癖がついてしまったから…(´・_・`)」

「こらこら、しょんぼりしたってしょうがないでしょ? 言葉で伝える、吐き出す、なんていうのはアニキにやらせときゃいーの!(*´・∀・)ノ゙笑」

「えっ、彼に? んー、ちょっと不安だなぁ…(;´・ω・`)」

「いや。私の直感的には、アニキに任せといて平気な時って、結構あると思うよ? ヒロさんは書いて伝える専門だけど。アニキは外交でしょ。あの子が成長してくれば、言葉で伝えること、もっと楽になる気がする」

「……」

「だーいじょうぶ! もっと信じてあげようよ、委員長(*´ω`*)」

「全くもって、リンさんの言うとおりだと思いますよ(・ω・)」

「ヒロさん…」

「今回から伝えたいことが、まさにそれなんです。我々の “成長” についてですから」

「そうよ。お互いの存在や役割に感謝することもそうだし、成長を信頼することも大事! だって私たち家族みたいなものでしょ?」

「……“((。。*)」

「委員長に頼ってもらえたら、アニキは頑張っちゃうと思うなー♪」

「ですね。笑

「ヒロさんまで、もー…(ーー:)」

「冗談ばかりじゃないんですよ。信じることがその人の力になりますから」

「うんうん! よーし、じゃあ今日もいっちょ書いちゃってください、ヒロさん! 前回からだいぶ間が空いてしまったから、皆待っていると思うの!(*´人`*)」

「あ、はい、そうでしたね! では、僭越ながら一肌脱がせていただきましょうか φ(・ω・。)笑」

 

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住人の「成長」。

それって、どんな意味だと思いますか?

……歳をとっていくこと?

それとも、中身が大人になること?

 

思い返せば、私の場合は自身の心の中にイメージから飛び込んでいきました。

だから、最初の段階からごく自然に、住人のビジュアルや年齢のイメージがあったんです。

彼らのおおよその年齢の捉え方ーー手始めに、その理由を考えてみるところから始めましょう。

思い返してみると、その根拠となる部分は、大きく二つに分けられるような気がします。

①見た目やイメージ上での年齢=イメージ先行型

②精神的な部分の年齢=精神年齢先行型

 

たとえば、グリーンダカラちゃんイメージ先行型

見た目は五歳くらいの小さな女の子ですが、住人間の調整や繋ぎの役目を担っているので、中身はただの五歳児ではありません。笑

恐らく、愛情深さで言ったら、私の住人の中では彼女の右に出るものはいませんからね。

対してヒロさんあたりは、精神年齢先行型

つまり、中身の年齢に合ったビジュアルをしています。

とは言っても「昭和の」気の優しいおじさんというオプション付きですけれど。笑

その二つの括りにざっくり住人たちを分類するとなると、こんな具合でしょうか。

■イメージ先行型:グリーンダカラちゃん委員長アニキ

■精神年齢先行型:ヒロさんリンさん

まもるくんは…、難しいところです。笑

なぜなら彼の場合はだいぶ特殊で、私の成長過程で分裂が起こっているケースなので、今はあえて枠に当てはめるのをやめておきましょう。

曖昧な部分は、最初から無理に結論付けてしまわないこと!

……これも、自分の可能性を狭めないよう、心の中のことを考えていく上では非常に重要なこと。

くれぐれも「決めつけてしまう」ことのないように、意識しておいてください。

 

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さて、住人の年齢に関する私の取っ掛かりは、そんな具合でしょうか。

それを踏まえて、「成長」とはなんだろう? と、冒頭の疑問に考えを戻してみましょう。

いずれにしても、心の中にいる人たちなので、暦通りにきっちり歳をとっていくわけではありません。

時間による年齢の動きとは限らないのだとしたら、彼らの「成長」とは当然、その「内面」を指していることになります。

「私の中身」であるところの「住人の中身」が成長する…? と思うと、不思議で面白いですね。

でも、考えてみれば当然のことなんです。

自分自身が経験したことで何らかの気づきや発見があったとしたら、それは必ず中にいる住人たちにとっても同じように重要なできごとになり得るということ。

そして、逆もまたしかり。

住人たちが何かの体験や出会いなどのきっかけで成長・進化したとしたら、それはその人自身の人間的な成長・進化に直結しています。

つまり、ひとりの人間の中に「住人」全員が存在しているのですから、自分自身の経験はすべての住人と繋がっていて、彼らとすべてを「共有している」という状態にあるわけですね。

であるなら、住人の「成長」が自分自身の「成長」になるのは至極当然の話です。

 

……ただしひとつ補足させてください。

これは、大前提として、解離性同一性障害による「記憶の混乱」がない場合の話です。

「記憶の混乱」というのは、住人達が「あえて」記憶を共有しないようにして自分を守っている状態のことです。

その場合は事態が少し深刻で、その人にとっては「解離」させてまで遠ざけなければいけない問題が発生しているわけですね。

そうなると当然、苦しいこと・辛いことなどの記憶は表向き「なかったこと」になってしまって、自覚ができません。

いわゆる、記憶の欠落が生じるわけです。

そうなると、自分の状況を正しく理解できていないということになりますから、それは「成長」ではなく「回避」になってしまっています。

そうなってしまうのには必ず理由がありますから、その場合はきちんと手順を踏んで「共有」までのアプローチが必要ですね。

そのような場合は非常にデリケートな問題なので、必ず専門家の力を借りることをお勧めします。

 

……補足が長くなりましたが、大半の方は「記憶の混乱」までは至っていないケースがほとんどかと思います。

ただ「なぜか分からない」けれど、気持ちがモヤモヤしているとか、イライラして人に当たってしまうとか、突然涙が出てきてしまう…など。

気持ちのコントロールがきかない状態に陥ってしまっているというのは、決して珍しいことではありません。

ですが、理由が分からない状態ほど不安なことはありませんよね。

でも体の不調と違い、心のこととなると、人は意外と目をつぶってしまいがちです。

頑張ればなんとかなるんじゃないか、と無理に耐え抜こうとしたり、どうすれば良いか分からないまま、平気で放置したり…。

自分にとって重要な問題が起きているということに、気づくこと自体難しいのです。

それでも心の不調は、感情・モチベーション…日常のすべてに影響してきてしまう、決してないがしろにできない部分です。

だからこそ、これまで説明してきたように、手始めには自分の中身(住人)の「把握」がとても大切なんですね。

 

 

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さて。

「把握」次のステップとして控えているのが、これからのシリーズでお伝えする「成長」です。

住人と経験を共有して、ひとつひとつの出来事を様々な視点から見つめてみましょう。

それをうまく「成長」に昇華していく、というのがここからの狙いなのです。

 

ここからは、経験を成長へとつなげるにあたっての大事なポイントを、ひとつずつ挙げていくことにしましょう。

まずひとつ目は、住人の「多様性」です。

多様性ーーつまり、様々であること。

ひとりの人間の中にいながら、ひとつの経験による感じ方想いが住人によってまちまちなのは、なにもおかしなことではないのです。

それぞれの住人によって、「感動(喜怒哀楽問わず、心が動かされること)」のポイントだって違います。

 

たとえば分かりやすい例として挙げると、紺野の場合は、委員長アニキがまさにそれでした。

同じ経験を共有してきているのに、当初二人の意見は相反する状態で、ぶつかってしまっていましたね。

フロントパート(社会に順応するために、日常表に出てきている人格)であるところの委員長が、アニキのことを自らの悪い意見・感情を持った問題児と捉え、必死に押し込めていました。

委員長は「尊敬する上司が絶対で背中を追いかける」ことを正義と信じていましたが、アニキは「そのやり方に対して納得できていないので反発している」状態。

その心の中の矛盾が原因で苦しくなっていた時期が、たしかに私にもありました。

ですが、そんな意見の相違も、本来は「悪いもの」ではないんです。

それどころか、意見の相違はあって当然で、むしろあった方が良い、とも言えるかもしれません。

……えっ、苦労しておきながら、あった方が良い? と思いますよね。笑

でも、今ならハッキリと言えるのですが、意見の多様性は「あって然るべきもの」なんです。

 

……というのも、これは世の中と同じなんです。

世の中には、いろんな考え方の人がいますよね。

むしろ、そうでなくては発展性がありません。

多様性が失われた社会は、衰退していくと言います。

お互いに多種多様な意見を交換することによって、人は自分になかった価値観や考えに触れ、思考し、成長するのです。

それは、住人の小さな世界でも同じこと。

自分の中に多様な意見が存在し、矛盾と葛藤が存在することを、不都合な状態だと捉えるのは止めましょう。

それを上手く、自分の中にある「思考力」として活かしてあげれば良いのです。

どんな意見も、をしたり隠そうとするのではなく、存在を認めてあげることが大切なのです。

住人の存在と、同じことですね。

彼らの持っている主張に、まずは耳を傾けてみること。

結果的にどの意見を採用して動くかは、その後で選び取れば良いわけですから。

 

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自分の中に、まだ住人を見つけられていなくても、大丈夫です。

まずは、様々なタイミングで、自分の心の中にどんな感情や想いが発生しているのかを感じ取るところから始めましょう。

その気持ちは「ありのまま」の状態であればあるほど良いですね。

自分の中身のことなのですから、取り繕うことなく飾ることもなく、そのままの状態を理解できるよう努めたいところです。

把握」の段階がなかなか難しい場合のために、また今後も様々な方向からのアプローチを提案していこうと考えています。

私も様々な手法を研究しながら、ブログでご紹介していく予定なので、「私には難しそうだな」なんて諦めてしまわず、記事を読んでできそうなものから気軽に試してみてください。

(ちなみに、紺野の場合のイメージ力はだいぶ特殊なパターンなので、こんな例や捉え方もあるのか…と参考にしていただければ充分です。笑)

たとえ、完璧に把握できなくても良いのです。

目には見えないもののことです。

恐らく、「完璧に」なんて無理な話ですよ。

目的はあくまでも、「住人を見つけること」ではありません。

住人は手段であり、大切なのは「自分を見つめようとする」気持ちだと、私は思っています。

焦らずに、自分の中身と向き合う時間を作ること。

それも、自分を大切にすることです。

そして、自分を大切にできない人・愛せない人は、人を心の底から大切にしたり、愛することはできませんよ!

 

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→ 次回、成長シリーズ②!

  ①の多様性をどうやって活かすのか?

  紺野のイメージ力が炸裂します!(多分)笑

 

 

▲ Hiro / Rin

 

第20回 大切な瞬間の話

 

 

 

前回のあらすじ。

 

目指すべきなのは、理想の住人を「生み出す」ことではなく、自分を支えてくれている住人を「成長させる」こと。

それが、本当の意味で自分を大切にするということになる。

そして自分らしく生きるため、積み上げるべきプロセスとは…。

①自分の住人(また、その特徴)を正しく知る

②自分の住人を否定せず、好きになる

③自分の住人の意志を尊重しながら、成長させる

これさえ押さえていれば、必ず幸せに生きていけるから大丈夫!

(by リンさん)

 

「まさか……まさか今回……((((;´・д・`)))」 

「まさかまさかのまさかだよ~(*^m^*)」

「や、やめませんか?」

「何言ってるんですか! これを話さずして私たちの歴史は語れませんよ、ヒロさん(`ω´o)

「……(ノ_ < ;)」

「(*´∇`*)」

あの瞬間は忘れられないよね! あたし、この回待ち遠しかったんだぁ♪」

「まもるの謎も明かされたわけだし、頃合いだろ。観念するんだな、オッサン。笑」

「わ、私は部屋に……」

「ちょっ、ダメダメダメ!」εεε(*・`ω・)ノ

「(*´∇`*)」

「……見てくださいヒロさん。ダカラちゃんの、この嬉しそうな顔を!(*-`ω-)

「うっ…」

「ハイハイハイ、さっさと書こう♪ 委員長、サポートしてちゃんと書かせてね」

「ラジャ!(*・O・*)ゞ」

「(´ω `;)」

 

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さて。

これは、過去にヒロさんメインの第13回で軽く触れていた、私にとってはとても重要で大切な心の中の思い出話なんです。

冒頭のヒロさんのテンションでお察しの通り、ちょっと面映ゆい内容なのですが。笑

ここまで読み進めてきてくださっている方に向けて、この内容は避けて通るべきでない話題だなと思いました。

普段の記事とはまた少しテイストが違うかもしれませんが、しっかり書き残しておこうと思います。笑

 

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前職を辞めてから自由な時間が生まれたこと、そして自己分析のお陰で本来やりたいことに手を伸ばせるようになったこと。

なにより、自己分析を繰り返すうちに見えてきたものや分かったことを、自分の中で整理するのには書くことが一番でした。

そうして私は、自分の中にある「ものを書くこと」への欲求を思い出しつつあったのです。

言葉態度で本心をさらけ出すことを苦手としていた私が、書くことからであれば、物事を整理したり自分の心の中のことを吐き出したり人に素直な気持ちを伝えることが比較的容易くなるのです。

自分の考えや想いを伝える手段として、一番自分に合っているのが、この方法なのでしょう。

考えてみれば昔から、手紙を書いてもメールを打っても、やたら長くなってしまうようなところがありましたっけ…。笑

とにかく、書くことが自分にもたらしてくれる効能について、私は改めてヒロさんの存在を通じて自覚しはじめていました。

彼は元々、自分のになる部分を保つためだったり、考えを己の中でまとめるために「書くこと」を使っています。

最初は自分自身のためであり、自己満足だけで閉じていた「書くこと」の世界。

しかし、幾つかの物語やこの心理学の研究を書きためていくうちに、いつからかそれをなぜ外に出してみないの?」という声が、心の中に生まれていました。

私の中にいるヒロさんをはじめとする住人たちが、長い年月をかけて、私というひとりの人間を通して培ってきた経験・考え方、そして価値観

それらの形として、私は物語や持論を文字にしている…。

せっかく少し特殊なものの見方や価値観(ちゃんと自覚はあるんです。笑)を持っていて、それを人生のプラスな方向で生かせそうだと分かっているのに、それを私ひとりの中で埋もれさせてしまう理由がありませんでした。

それを自分の中だけで完結させて終わるのではなく、人に対して伝えていくべきではないか、そういう考えが浮かび、次第に強くなっていったのです。

同時に、自分が思うままに書く文章が、どれくらい人にも受け入れてもらえるか、知りたくなってきました。

そして、 気がつけば私は手始めに、書いた小説の応募というひとつの手段に手を伸ばしていたのです。

 

そう。

たぶん、それは他の住人からのであり、後押しだったんでしょうね。

私の中の図式としては、書くこと自体はヒロさんの要素が担っているのですが、それを外に出そうという動きは、彼以外の住人から上がっているような気がしてならないのです。

はじめて応募してみた物語は、児童小説でした。

良いことに、ちょうどその頃は仕事も自分の都合に合わせてシフトを組める状態でしたから、比較的自由に時間を取って、ある賞にむけて夢中で書きました。

本当に楽しかったです。

書きたい物語に対しても、自己分析のように「物語分析?」をしてみると、自分がこの物語でどんなことを伝えたいのかということが分かって、更に己の内面を知る手助けにもなりました。

(もちろん、芸術作品は受け手側の感性がすべてですから、私が伝えたいことが必ずしもそのまま伝わるとは限りませんが!)

その時期は、適当で気になるコンテストやコンクールがあれば、いくつか書いては応募をしてみました。

(テーマを決められた短編なんかも、面白かったです。笑)

もちろん、私程度の素人が突然書きはじめて、ぽんぽん結果が出るわけありません。

短編系のものはわりと結果が早いのですが、特に「かする」ようなこともなく…。笑

残念ではあるものの、自分が楽しかったという気持ちがあるのでやっぱり書くことは続けよう、と決意したりしました。

ただ、最初に応募した中編くらいの児童小説。

その結果発表だけは、まだだったんです。

時期になりそのコンテストのホームページを確認して、たまげました。笑

どういうわけか、ちゃんと賞の一部に入っていたんですね。

それを見た瞬間は私にしては珍しく、喜びの感情がぶわっと抑えられないレベルで膨れました。笑

そして、思わず心の中を意識してみた時の出来事です。

前置きが、これでもかというくらい長くなりましたね。

自分が心の中に降りているわけではないので、完全に客観的な視点になり、癖でちょっと小説風の文になってしまうかもしれませんが…。笑

 

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ふと心の中に意識を向けると、その光景がごく自然にイメージされました。

いつの間にか広間でヒロさんを囲んで、住人たちが盛り上がっています。

照れているヒロさんに、リンさん委員長グリーンダカラちゃんの3人娘がまとわりついて、きゃーきゃー騒いでいました

「うそー! 信じらんない! やったぁぁぁぁ!」

「ヒロさん、すごいですホントに! あぁ良かった…!」

その近くにはアニキの姿もあり、彼もまた興奮気味に、ヒロさんの背中をバシバシ叩いています。

「オッサン、やればできんじゃん!」

ヒロさんは少しだけ痛そうに身をよじりながら、眉をハの字にしながら笑っているばかり。

誉められるということに、どうも据わりが悪いようでした。

でも、家族であるところの住人たちが喜んでいるのが、彼にとっては何よりも嬉しかったのです。

騒ぎを聞きつけてか、それとも偶然なのか、いつの間にかまもるくんも部屋から出てきていたようでした。

5人のそんな様子を、彼は一歩引いた場所から静かに眺めています。

ヒロさんが、ふとその姿に気づきました。

そして、まもるくんのいるところまで、彼は落ち着いた足取りで近づいていきます。

皆が、それを見守りました。

そしてヒロさんは、おもむろに右手をスッとまもるくんの方に差し出します。

まもるくんは無表情ながらも、どこか不思議そうにそれを見下ろしました。

ヒロさんが、穏やかに言いました。

「私が作品を書けているのは、君もここにいてくれているからです」

その言葉を、誰もが静かに聞いています。

まもるくんは気持ちのうかがい知れない瞳で、ただただ、話し出したヒロさんの顔を見つめ返しています。

「ここに6人全員いるから、私は書ける。感謝しています。私が自分の思い描く世界を外に表現することができたように、君にも君の思い描くものを叶えるチャンスが、きっとやってきます。それまで頑張りましょう、一緒に」

反応を見せないまもるくんを気にした風もなく、ヒロさんは目を見て、ハッキリと言い切りました。

そこに、普段の気の弱いおどおどした雰囲気は、かけらもありません。

まもるくんの「期待」である、まーくんにも届くようにと、想いを込めた言葉でした。

ヒロさんには、たとえ反応がすぐに無くたって、まもるくんにもまーくんにも、きちんと気持ちは届いているだろうことが分かっていました。

まもるくんは、黙ってそれを見つめ返します。

いつまでたっても動かない彼にしびれを切らしたのは、なぜかアニキの方でした。

「だぁー、分かれよ、それくらい! 手だよ、まもる! 握手なんだよそれは!」

だめだぁ、と言いたげに目を覆って叫びます。

そして、グリーンダカラちゃんがすかさず、ててっ…とまもるくんヒロさんのもとへ駆け寄りました。

まもるくんの手を取り、ヒロさんの差し出していた手と、そっと繋がせます。

繋げられた手を見下ろして、まだどこかボーッとしていた彼は、ふいに顔を上げてヒロさん、そして皆の方を見たのです。

まもるくんを見る表情は、皆どこかやさしく、嬉しそうでした。

言葉には出さなくても、同じ心の中にいる仲間であり、家族のようなものなのだと、全員がまもるくんに伝えたかったのです。

その時、誰もが予想していなかったことが起きました。

まもるくんの口許がふっとゆるみ、彼が微かに微笑んだように見えたのです。

「あーっ! み、見た? 今、まもるが笑った!」

真っ先にリンさんが大声を上げます。

アニキ委員長も驚いたように顔を見合わせてから、どちらからともなく、笑ってしまいました。

(でかした、オッサン。まもるの仮面を剥がしてやったじゃねーか)

アニキは、かつてないほど愉快な気持ちになっていました。

グリーンダカラちゃんも、まもるくんヒロさんの腕にぶら下がるようにして、嬉しそうです。

 

ーー特別な日

私の中の6人が初めて、意識の中ではっきりと同じ場所に集いひとつの喜びを共有した、かけがえのないできごとでした。

 

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もうイメージがここまで来てしまうと、本当に小説として書くのが一番自然で、恥ずかしくない気がします。笑

それくらい作り話っぽいのですが、ヒロさんのあの言葉は、間違いなく彼がまもるくんに向かって伝えてくれた、紺野自身の想いでもありました。

この思い出があってからは、より住人たちのが深まったように感じましたし、ひとつのチームとしての力が強くなったと思います。

住人同士がお互いを尊重し、思いやること。

それは、まさに自分の全てを受け入れて、赦し、前を向いて進むということ。

つまり、自分に嘘偽りなく生きる上で、不可欠なことなのです。

 

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→ 次回、住人を成長させるということ。

  第20回記念(?)の特別篇はおしまい★笑

  自分の中にいる住人にとっての「成長」とは一体?

 

 

▲ Iincho / Hiro